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大分地方裁判所 昭和35年(行)5号 判決 1962年5月18日

原告 株式会社十合ストアー

被告 大分県知事

主文

被告が昭和三五年八月一日付で、原告が同年六月二日なした医薬品販売業登録申請を却下した処分を取消す。

原告のその余の訴を却下する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三五年八月一日付で、原告が同年六月二日なした医薬品販売業登録申請を却下した処分を取消す。原告が昭和三五年八月一〇日なした医薬品販売業登録申請に対し、被告の受理処分のあつたことを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

(一)  原告は、大分県日田市三本松町一六五番地所在の原告会社日田営業所において医薬品全品目の販売をなすため、旧薬事法(昭和二三年法律第一九七号)第二九条、同法施行令第一条、同法施行規則第一八条に基いて(1)薬剤師大久保多美子を雇入れ、(2)店舗施設を整備した上、(3)申請書には、附属書類として薬剤師大久保多美子の薬剤師免許証写、同人の履歴書、同人の住所変更届、同人と原告間の雇傭契約書、原告会社日田営業所所在地見取図、同店舗見取図、同店舗内における薬品部店舗の位置見取図、原告会社代表取締役光橋利助の履歴書の外、(4)被告の求めにより、特に医薬品譲受先として久留米市通り町一丁目二七の二株式会社浜田薬局を定め、同薬局の証明ある医薬品譲受先届書を添付して昭和三五年六月二日、日田保健所長を経由して、被告に対し、医薬品販売業の登録申請をなした。

(二)  ところが、その後前記浜田薬局は種々の圧力工作に屈して、原告に医薬品を納入することを断念し、同年七月被告に対し前記届書の返戻方を申出でた為、被告は申請書に医薬品譲受先届書の添付がないことを理由として昭和三五年七月二五日右申請書を受理しないことに決定し、その旨日田保健所長に指令し、同所長をして同年八月一日付書面を以て右申請書を原告に返却させ、原告の右医薬品販売業登録申請の受理を拒んだ。

右は登録申請の却下処分に当るのであるが登録申請書に医薬品譲受先の証明書を添付することは法律上要求されるものではなく原告の登録申請は法令の定める登録の要件を備えたものであるから、被告は右申請を受理して医薬品販売業の登録をなすべき義務があり、これを却下することは法律上許されない。

原告は昭和三五年八月一〇日、再度被告あてに、日田保健所長を経由して、医薬品販売業の登録申請をなしたが、右申請にあたり医薬品譲受先を福岡市銀天町一丁目三三番地久野薬局に変更し同薬局の証明ある医薬品譲受先届書に改めた外は、前回と同一の申請書を提出してなしたものである。しかるに、被告は右登録申請に対し、本訴の最終口頭弁論期日である昭和三七年四月六日に至るまで、その許否を決定することなく放置している。

もとより再度の登録申請も法令の定める登録の要件を備えたものであるから、被告は右申請書を受理して登録をなすべき義務がある。従つてかかる申請に対し、行政庁が調査及び許否を決定するに要する相当の期間を経過してなお許否の処分をしない場合は、申請について受理処分があつたものと認めるべきである。

よつて、被告が原告の医薬品販売業登録申請を却下した処分の取消を求め、併せて、再度の登録申請について、被告において当然登録義務を伴う受理処分のあつたことの確認を求めるため、本訴に及んだ。

被告訴訟代理人は本案前の答弁として、「原告の訴はいずれも却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由を次のとおり述べた。

(一)  原告は、「被告が原告の医薬品販売業登録申請書の受理を拒否し、原告あてに申請書を返却して原告の右申請を却下した。」と主張するけれども、被告は原告の右申請書の受理を拒みこれを原告に返却して申請を却下したことはない。すなわち、原告主張の登録申請がなされていたところ、右申請書に添付の医薬品譲受先届書記載の久留米市通り町一丁目二七の二株式会社浜田薬局から昭和三五年七月一九日被告あてに、「都合により原告に対する医薬品の納入を中止するから右譲受先届書を同薬局に返却されたい」旨申出があつたので、被告は同年七月二五日日田保健所長に対し、原告に右事実を伝達し併せて医薬品譲受先届書を差し替えるよう指導することを指示し、申請書類を同保健所長に送付したに過ぎない。しかして同年八月一二日、同保健所長は被告あてに、医薬品譲受先届書を福岡市銀天町一丁目三三番地久野薬局久野伴一の証明あるものに差し替えたほかは先に原告が提出したそのままの登録申請書を送付して来た。従つて同一の登録申請が継続しているに過ぎず、別個の登録申請が再度なされたわけではない。以来被告は原告の右申請について調査を継続している。このように、被告は原告主張の却下処分をなしたものではないから、本件却下処分の取消を求める訴は、その対象を欠くものである。

(二)  仮りに右の措置が原告主張の如く却下処分に該るとしても、原告は同年八月一〇日前記のとおり医薬品譲受先届書を差し替えた外は、先に提出した、そのままの登録申請書を日田保健所長を経由して被告に提出しているので、原告は右却下処分の取消を求める必要がない。

以上により本件却下処分の取消を求める訴について、原告は訴を提起する利益を有しないものであつて、却下されるべきものである。

また、原告の登録申請に対し、被告の受理処分のあつたことの確認を求める訴は、判決が行政庁を拘束する結果裁判所が行政庁に対し行政処分の作為を命ずるのと同様の結果に陥入り、窮極において裁判所が、行政権に干渉することとなり、三権分立の原則に照らし、司法権の限界を越えるものであるから許されない。従つてかかる訴は不適法として却下されるべきものである。

次ぎに本案に対する答弁として、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のように述べた。

原告の主張事実中(一)、の点は店舗設備の点を除きその余は認める。(二)、の点については前記のとおり浜田薬局より撤回の申出があつたので、医薬品譲受先届書を差し替えるよう指示して申請書類を日田保健所長に送付したところ、原告は更に医薬品譲受先届書だけを差し替えた登録申請書を同保健所長を経由して被告あてに提出したが、これに対し登録もせずまた却下もしていないことは、いずれも認める。その余の事実は争う。医薬品納入業者の証明ある医薬品譲受先届書は、昭和三五年四月一九日各都道府県知事あて厚生省薬務局長薬発第一九九号(昭和三五年薬事監視計画について)と題する通牒に「依然として不良不正表示医薬品及び誇大広告等の薬事法違反がある外、いわゆる医薬品等の乱売等に伴い薬事監視を厳重にする必要がある。」とあることに基き、また昭和三五年二月一日大分県厚生部長の各保健(支)所長あて医第四九六号で、「新規に開設される業者で販売価格の混乱に乗じ他県に存在する無登録業者から医薬品を譲りうけこれを小売するという事例があり、不良、不正表示医薬品流通の因ともなりかねない」との通牒に基づき公共の福祉のため薬事行政の必要上、登録申請書に添付することを求めているものであり不法ではない。

証拠<省略>

理由

(一)、原告が日田市三本松一六五番地所在の原告会社日田営業所において医薬品全品目の販売をなすため、旧薬事法第二九条、同法施行令第一条、同法施行規則第一八条に基き、薬剤師大久保多美子を雇入れた上、昭和三五年六月二日、日田保健所長を経由して、被告に対し、原告主張の附属書類を添付した申請書を提出して医薬品販売業の登録申請をなしたこと、ならびに、その後同年七月右浜田薬局が原告に対する医薬品の納入を断念し、被告あてに、申請書添付の前記医薬品譲受先届書の返却方を申出たので、被告はそれを理由に右申請書を原告に返却すべく指示して同年七月二五日これを日田保健所長あてに送付したことはいづれも当事者間に争いなく、成立に争いない甲第一号証の一乃至三と証人熊谷利太郎の証言を綜合すれば同保健所長は同年八月一日付書面をもつて原告あてに右申請書を返却したことが認められ、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。

(二)、原告は、右申請書の返却は登録申請に対する拒否処分に該ると主張するに対し、被告は単に医薬品譲受先届書の差し替えを求めたものに過ぎないと主張してこれを争うので、先づこれが前提をなす登録申請の要件について審究するに、旧薬事法第二九条第一項には「医薬品の販売業を営まんとする者は、店舖を有する販売業者にあつてはその店舖ごとに、当該店舖の所在地又は営業区域を管轄する都道府県知事の登録を受けなければならない」と規定し、同法施行規則第一八条には「法第二九条第一項本文の規定により医薬品販売業の登録を受けようとする者は次に掲げる事項を記載した申請書に履歴書を添えて都道府県知事に提出しなければならない。この場合において薬剤師を使用する者にあつては、使用する薬剤師の免許証の写、及びその医薬品の販売業者に対する関係を証する書面を併せて提出しなければならない。(イ)申請者の氏名住所、(ロ)店舖の名称及所在地、(ハ)薬剤師を使用するものにあつてはその薬剤師の氏名及住所(自ら薬剤師であるときはその旨)、(ニ)販売しようとする医薬品の範囲」と定められている。また、同薬事法第五二条に基く昭和二四年厚生省告示第一八号医薬品製造販売業者等登録基準によれば、すべての品目を販売する販売業として「(イ)店舖内は明るく清潔であること、(ロ)冷暗所及びかぎのかゝる貯蔵だなを備えていること」、と規定する外登録要件について定むるものは全く存しない。

したがつて本件登録要件として薬事法並その附属法令において掲ぐる事項は、(1)申請者に関する事項、(2)薬剤師に関する事項(3)店舖の設備構造に関する事項(4)取扱わんとする医薬品の範囲、以上の四項目に限られ、申請者が登録を受けた暁、供給を受くるであろう当該医薬品卸売業者より予めその証明ある届書を添付せしむることは法令の要求するところではない。しかも原告は本件申請にあたり、薬剤師大久保多美子を雇入れていたこと、並その販売しようとする医薬品が全品目に亘ることは前記のとおり双方間に争いなく、証人大久保多美子の証言によれば当時原告は所轄日田保健所の指導を受けて所定の店舖設備を整えていたことを認むるに十分であるから、原告の本件申請は法令の定むる要件を具備していたものと謂わねばならない。

被告は、右医薬品譲受先届書は、前掲昭和三五年四月一九日薬発第一九九号厚生省薬務局長通牒、並同年二月一日大分県医第四九六号通牒に基き、公共の福祉のため薬事行政の必要上登録申請書に添付することを要するものであると主張するが、法は医薬品販売業が公衆の保健衛生上重大な関係あるところからこれを登録営業(新法においては許可営業となすも意味は同様に解される)たらしめたから、医薬品販売業を営むためには都道府県知事に申請してその登録を受けなければならないが、元々職業の自由は国民の基本的権利に属するものでありかかる措置は国民の職業選択の自由を制限するものであるから、その要件は厳重に法令を以て定むることを要し、これに対する知事の許否処分はいわゆる法規裁量に属するものと解すべく、従つて都道府県知事は法令の定むる要件を具備した登録申請に対しては当然に登録をなすべき義務を負担し許否決定の自由を有するものではない。それ故にたとい行政官庁において他に公共の福祉に関するものと判断される事項があつたとしても、法令の根拠なくして任意に登録の要件を加重して右の自由を制限することの許されないことは法治行政の立前上、理の当然とするところであり、仮りに被告がその主張のとおり各通牒に基き医薬品譲受先届書の添付を求めたとしてもそれは法令において定むる登録の要件ではないから、この点に関する被告の主張は到底採るを得ない。

(三)、果して然らば本件申請に当り医薬品譲受先届書を欠くことを理由として登録を拒否し得ないことは謂うまでもないが、本件申請書を返戻したことが果して登録拒否処分に該るか否かについて検討するに、前顕甲号各証並証人熊谷利太郎、同安東正の各証言に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告より本件申請がなされるや、大分県日田地区内薬種商組合は結束してこれに反対し、被告に働きかけて強力に登録阻止運動を展開すると共に、前記浜田薬局に対し、原告に医薬品を供給するときは日田地区の既存業者は挙つて浜田薬局との取引を断絶する旨伝えて圧力を加えた結果、前記のように浜田薬局は原告に対する医薬品の供給を断念し、被告に対し医薬品譲受先届書の返戻を求むるの余儀なきに至つたことが明らかであると共に、当時恰もこれが対策に苦慮していた被告は医薬品譲受先届書が本件登録の要件に該らないことを知り乍ら、前記のとおり、これを欠くことを理由として本件申請書を原告に返戻したことが認められ右認定を左右すべき確証がないので、右は、漫然申請書の不備補正を求めたものとは異り、原告の本件申請に対し法によつて覊束された登録義務に違反し、積極的にこれを排斥する意図の下に敢えてなされた黙示の意思表示に外ならないものと解されるから、かゝる特別の事由に基づく本件申請書の返戻行為は明らかに登録申請に対する却下処分に該当するものと認めるのが相当である。

尤も右申請書が返戻された約一〇日後の同年八月一〇日原告はあらたに、医薬品譲受先を福岡市銀天町一丁目三三番地久野薬局と定め、その証明ある医薬品譲受先届書に変更した外は先に提出したそのまゝの登録申請書並附属書類を日田保健所長を経由して被告に提出したが、これに対し、被告は本訴の最終口頭弁論期日である昭和三七年四月六日に至るまで登録(新法は許可)することもなく、又これを却下することもなくして今日に至つていることは当事者間に争いないところであるが、これは、右却下処分後になされた同趣旨の別個の申請で、さきになされた申請が継続しているものとは認むべきでないので、前段認定の妨げとなるものではない。

(四)、被告は、「仮りに被告の却下処分が認められるとしても、原告は却下処分後の昭和三五年八月一〇日医薬品譲受先届書を差し替えた外は当初のままの医薬品販売業登録申請書を日田保健所長を経由して被告あてに提出しているので、原告は右却下処分の取消を求める必要がなく、訴を提起する利益を有しない。」と主張する。一般に行政庁に対して登録申請がなされ、これに対して何ら行政処分がなされない間に再度同一趣旨の登録申請がなされた場合を検討してみると、後に同一趣旨の登録申請がなされたからといつて、当然に前の登録申請が直ちに無意味になつたり無効になるわけではなく、行政庁が後の申請に対し登録をしたような場合は格別、そうでない限り、行政庁は依然として前の登録申請に対し許否を決すべき義務を負うものと解される。もつとも前段認定に徴すれば本件においては、前の登録申請に対する却下処分後に同趣旨の登録申請がなされている特殊の事情が認められるのであるが、被処分者において処分に対する不服の申立を一時留保しつつ新申請を行う場合もありうるわけで、かかる場合新申請によつて右の不服の申立が許されなくなるとする根拠を見出し難い。してみれば却下処分の違法を理由として取消を求めることは、後の登録申請に対して既に登録がなされない限り、訴の利益があり許容されるものであるところ後の登録申請に対し本訴の最終口頭弁論期日に至るまで登録(新薬事法下においては許可)はなされていないことは前記のとおりであるから被告の右主張は採ることができない。

(五)、以上のとおり原告の本件登録申請は法令の定むる要件に適合しているものであるから、被告はよろしくこれを受理して医薬品販売業の登録をなすべかりしにもかゝわらず、何等正当の理由なくしてこれを却下したものであるから、右は違法な処分と謂うべく取消を免れない。

(六)、次に受理処分のあつたことの確認を求める訴の適否について考えるに公法上の権利関係の存否に関する具体的な紛争についての裁判所の審査権には、三権分立の建前上、おのづから限界がある。裁判所は一般的に行政庁に対し監督作用を営むものではないから、行政庁に対し行政上一定の作為または不作為を求める訴が許されないことは勿論、これと同様の効果を伴う、作為義務、または不作為義務確認を求むる訴も特段の事由のない限り許されないものと解するのが相当であるところ何等特段の事由を認めるに足りない本件において、右確認の訴の範囲を超え行政処分のあつたことの確認を求める本訴請求は許されないものと解するのが相当である。

(七)、よつて被告が原告の本件医薬品販売業登録申請(六月二日申請のもの)に対しなした却下処分の取消を求める訴については結局正当としてこれを認容すべきものとし、被告の受理処分のあつたことの確認を求める訴については不適法として却下すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島信行 藤原昇治 杉山伸顕)

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